今熊野観音寺

本堂 本堂

 観音寺は、初め東山観音寺と称したが、後白河上皇が永暦元年(1160)、新熊野社を勧請創建された際、改めて新那智山の山号を寄せられ、今熊野観音寺と称することになったという。

 斉衡2年(855)創立の法輪寺のあとともいわれるが、後白河上皇以来の御尊祟は甚だ篤い。寺伝で弘法大師の作といわれる本尊十一面観音像は、脇士不動明王、毘沙門天像とともに篤い信仰をあつめ、参詣者は絶えることのない賑わいをみせている。

 正徳3年(1713)12月、当寺中興宗恕祖元律師によって本堂の再興がなり現在に至っている。なお後堀河天皇の観音寺陵は、寺の東南に隣接して営まれている。