御寺泉涌寺を護る会

 京都の東山三十六峰の南端近い月輪山麓に、皇室の御菩堤所で「御寺(みてら)」と呼ばれている泉涌寺があります。その格調高い境内の奥に霊明殿という桧皮葺の荘麗な御堂があり、ここに天智天皇から昭和天皇までの御歴代天皇、皇后、宮様方の御尊牌(御位牌)、御尊像、御宸影等が奉祀され、毎月の御命日やお彼岸・お盆等には御法要が行われ、また日々の御回向が続けられております。

 この泉涌寺は、鎌倉時代初期に中国(宋)に十三年間留学し、律・天台・真言・禅・浄土の五宗を学び帰朝された月輪大師が、後鳥羽上皇・後高倉院及び中原信房卿等の御助力を得て、嘉禄二年(1226)に宋の形式による大伽藍を創建されました。

 皇室との関係は非常に深く、第八十六代後堀河天皇が泉涌寺山内の観音寺陵に奉葬され、次いで第八十七代四条天皇の御大喪も泉涌寺で行われ、御陵も御遺勅により月輪大師のお墓の近くに造営されました。

 さらにその後、南北朝九代にわたる天皇の御葬儀もここで行われ、第百八代水尾天皇からは天皇のほか皇后、皇族方 の御葬儀も多くは泉涌寺で行われました。そして御陵や御墓も山内に御造営になり第百二十一代孝明天皇に至っています。特に孝明天皇から「泉涌寺は四条帝以来御代々御陵守護の官等、皇祖御尊敬の訳をもって諸寺の上席となすべし」との詔を賜っております。

 以上のように御寺泉涌寺は、皇室の御菩堤寺として皇室より特別の尊崇と御帰依をいただき、従って寺内諸堂・諸建造物の営繕修理は全て宮内庁において実施され、日常の経費も御尊牌奉護料として下賜されておりました。

 ところが昭和二十年の終戦、新憲法の施行に伴い宮内庁が泉涌寺に国費を支出することが出来なくなりました。それ以来泉涌寺自体で全てを護持することになりま したが、何分にも由緒ある御寺でありますために、尊厳を保持しながら、霊明殿歴代尊儀への奉仕・伽藍の維持等をすることは、泉涌寺長老以下懸命に努力されておられますものの、非常に困難な様子に見受けられます。

 憲法によりますと、天皇陛下は日本国及び国民統合の象徴でありますから、皇室の御祖先を奉祀する泉涌寺は私達国民によって護持するべきではないかと考えます。

 茲に志を同じくする者が結集して昭和四十一年五月「御寺泉涌寺を護る会」を設立し、御寺泉涌寺の護持を致すと共に、佛教を厚く信仰されました御歴代天皇の和と慈悲の大御心を広く宣揚し、世界平和・万民豊楽のために努力したいと思うものであります。

 何卒、本会の趣旨に御賛同を賜り、知己お誘い下さいましてお一人でも多くの方が御入会下さるようお願い申し上げます。