大門
木々の茂みの参道の分れ道を右に上ると大門である。慶長内裏の門を移した四脚門(重文)で、張即之の「東山」額が揚げられている。
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仏殿
当初の伽藍は応仁の乱でほとんど焼失し、現在の諸建造物はそれ以降建立のものである。
大門から参道を下って正面の仏殿は、寛文8年(1668)徳川四代将軍家綱によって再建され、現在伽藍の多くはこの時整備されている。
仏殿は一重もこし付入母屋造り本瓦葺き、唐様建築の代表作で、国の重要文化財である。
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楊貴妃観音堂
大門を入って左手奥の堂内、六羅漢像の中央に安置される聖観音像(重文)で湛海律師が寛喜2年(1230)月蓋長者像らとともに将来された像である。
像容の美しさから、玄宗皇帝が亡き楊貴妃の冥福を祈って造顕された像との伝承を生み、楊貴妃観音と呼ばれて来た。
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泉涌水屋形
浴槽の東南山裾には寺名の起源となった名泉が、今も尽きることなく涌き出ている。
切妻式の建物が浴室である。
北側の森の中に、ひっそりとしずまる小社が当山の鎮守社で、稲荷大明神が祀られている。
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月輪御陵拝所
霊明殿の東に鎮まる陵墓は月輪陵(つきのわみさぎ)と呼ばれる。四条天皇をはじめ後水尾天皇から仁孝天皇までの25陵、5灰塚、9墓が営まれている。ここに鎮まるかたがの御葬儀は泉山長老が御導師をお勤め申しあげ、御陵もすべて仏式の御石塔でお祀りされている。
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御座所
明治15年(1882)霊明殿炎上とともに、庫裡・書院も焼失した。
明治天皇は、霊明殿の再建と併行して京都御所内にある皇后宮の御里御殿をお移しになった。この建物は文化15年(1818)に造営されたものである。
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庭園
御座所の東南から御殿の南側にかけて、小さな御庭が築かれている。霊明殿・御座所・海会堂そして御陵拝所に取囲まれた御庭は、小さいながらも無比の環境の中に自然と人工の巧の業を織りまぜている。低い築山の裾に曲折する池の汀、ひかえめに咲くさつき、真紅の紅葉、薄すらと雪化粧した雪見灯篭に映える梅もどき等々、四季折々に楽しませてくれる。
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海会殿
海会堂は京都御所内の御黒戸を移築したもので、歴代天皇、皇后、皇族方の御念持仏30数体が祀られている。方形土蔵造り塗り込めの御堂で、外面は白壁塗り、床も高く御屋根は宝形造り御厨子入りの御仏体は大小様々であるが、各時代の代表的仏師が心をこめて彫像しただけあって、いずれも素晴らし御像である。
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ご注意事項
※特別参拝は皇室の方の参拝や法要で部屋を使いますので、予告なしに中止する事がございますのでご了承下さい。
※特別参拝は高校生以下の団体は受付致しておりません。
※団体での御参拝はなるべく御予約をお願い致します。
※「心照殿」(宝物館)もご覧頂けます
※建物内は写真・ビデオ撮影は一切禁止
※お堂内は脱帽
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※ゴミ等を捨てない
※酒気を帯びている方の参拝はお断り
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